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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : Sensibility

2005 年 12 月 04 日 : マーケティングセンス

名人級の漁師ならば、潮の流れや色の変化からどこにどんな魚がいるのかほぼ 100 %の確率で言い当てるという。

そんな風に、現実のビジネスでも経営者のビジネスのニオイを嗅ぎ分けるセンスが企業の明暗を決定づけると言ってもよい。だからこそ、経営者たるものビジネスセンスを磨く努力は欠かせない。

KDDIの携帯電話のプラットフォームは米国クアルコム社BREW

2003 年 2 月に初めて東芝製の BREW 搭載携帯電話・第 1 号機種が出荷された。それ以来、徐々に BREW が搭載された携帯電話も増えつづけ、既に 1400 万台を突破している。今では、NTT ドコモも BREW 搭載携帯電話を出荷している。

BREW が国内で出荷される 1 年前からこのソフトビジネスを展開している。今ではそれが本業といってもいいくらいに力を入れている。最初の頃は、国内でこのビジネスに参入している企業は皆無だった。モバイル業界ではほかに儲かる領域が至るところにあった。

でも、このビジネスに参入した。何故ならば、 BREW というプラットフォームは必ず世界中に拡がるという直感ともいえる閃きを感じたからだ。将来は定かではなく、さらにペースに想定外なこともあった。今では確実に全世界で普及が進んでいる。

当初、普及のスピードは遅かった。ともすれば誰しもが途中で諦めるような事態は何回もあったが、未来を信じて前へ進んだ。

何故 BREW がこれほど普及すると感じたかについては、例えばアートに触れたり音楽を聴いたときにそれをしっかり見極めるセンスに似ていると思う。だから、これは技術者が BREW というものを自分なりに学んで、将来のビジョンを想像した結果とも言えるだろう。

周囲の人を見ていて思うのは、いろんなケースについて未来を予測する訓練をしている人が少ないということ。そんなセンスも訓練次第できっと伸びてくる。様々なシーンをイメージしてみることを繰り返してみよう。きっと未来は素晴らしい景色として映るだろう。

  

2005 年 11 月 05 日 : スタンス

音楽や映画、スポーツなど、プロフェッショナルな世界に憧れる。たとえ僅かな時間であったにしても、競技場やライヴの空間では、生きる感動や癒し、エネルギー・・・がリアルに感じとれる。

反面、内容(コンテンツ)そのものが問われる、人びとの感性によって自然淘汰され、本物にしか居場所がない厳しい領域でもある。だからこそ憧憬の対象として映し出されるのかもしれない。

そんな領域に自分を置いてみる。生まれて初めて自分の限界を知りもすれば、未知の可能性を発見する喜びもある。幻と思っていた夢が現実になったりもする。それは、確かに自ら人生を切り拓いて生きていると実感できる、感動体験の綴れ織のようなもの。

超一流と言われる大学や組織での経験や著名人とのコネクションがあるからと言って、それだけは全然通用しない。本質が問われるプロフェッショナルな世界は甘くない。ある意味ではフェアな世界である。

サラリーマンや公務員の世界はアマチュア的な空間の典型的な例だ。学歴や職歴など過去の栄光を身にまとって自分のポジションを確固たるものにしようとする者も少なくない。

たとえばミュージックシーン。超一流の経歴だから、有名人とのコネがあるからという理由で、人はその曲を買うわけじゃない。問われるのは中味の内容そのもの。

プロフェッショナルな観点から言えば、過去の華々しい経歴もしくは己の外にあるブランドで自分を飾る人って「?」である。もっともっと自分そのものに自信を持つスタンスが大切だと思う。

  

2005 年 10 月 27 日 : 無→有

ベンチャーとは、無から有を生み出すもの、という印象がある。それでは、どうすれば無から有を生み出すことができるのかという疑問が起こる。無から有への移り変わり。実は、それがささやかなものであったとしても偉大な出来事なのだ。

1999 年 2 月。携帯電話がネットに接続されるようになった。それは携帯電話を一種のコンピューターと見なせる瞬間と言えた。歴史のそういう瞬間をどんな風に解釈して行動するかで未来は劇的に変化する。

1990 年代に入り、"ダウンサイジング"というキーワードがコンピューター業界で流行語になっていた。IBMの大型コンピューターで処理されるプログラムはパソコンのようなコンピューターでも実現可能であることを指して"ダウンサイジング"と呼んでいた。

だから1999 年 2 月を、パソコンから携帯電話へのいわば"ダウンサイジング"の変曲点として位置付け、新たなビジネスチャンスを見出そうとしたのだった。その時点では一般に利用可能な携帯電話用ソフトの開発環境は何も公開されていなかったが、いろんなシーンの想像はできた。

様々なシナリオを思い描きつつステップバイステップの歩調で現在に至る未来への道筋を明確化していった。そこで重要な発想は、"何故パソコンが大型コンピューターにとって変わるほどの発展を遂げたのか?"という問いかけにある。

パソコンもマイコンと呼ばれていた時代は、プログラミングするための道具に乏しく、ハード自体の性能にも難点がありその進歩はゆったりとしたものであった。しかし 1980 年代の 10 年間でその形勢は一気に逆転するほどまでになった。

それは、ハードの進化と共に安価で速いコンピューターが入手できるようになり、世界中のプログラマーが便利で使いやすいソフトを開発したことが最大の要因ではなかっただろうか。

今、携帯電話はパソコンの 10 分の 1 以下の価格で手に入れることができる。表現を変えればそれくらい安い持ち運びのできるコンピューターとも言える。

携帯電話でパソコンのソフトが使えればと思う人は少なくないだろう。何故ならノートパソコンを持ち運ばなくても済むからだ。ここでもう一歩掘り下げたのがソフィア・クレイドルのビジネスの発想の原点なのである。

パソコン用ソフトと同じ手軽さで携帯電話用ソフトを開発するにはどんなものが必要なのか?という問題意識を具現化したものが、現在のソフィア・クレイドルの製品のオリジナリティである。

現在ではさらに発展させて、携帯電話サイズのコンピューターならば…という風に視野をひろげて事業に臨んでいる。

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2005 年 10 月 17 日 : シンクロニシティ

遠くの見知らぬ人が自分と同じように感じたり考えたりすること、シンクロニシティ(シンクロ)は珍しい現象ではない。音楽の世界では人びとの心の間でその曲を聴きたい気持ちがどれくらいシンクロするかで、それがヒットするかどうかが決まるという。(※ 「プロデューサーは次を作る」 小室哲哉 著 )

新しいマーケットを自ら創造する強力なパワーを持ち得ないとすれば、人びとの潜在意識に宿る心や気分の一端を探り当てることができたら良い。そんな気持ちを潜在的に持っていた人口に比例して、それは大きなマーケットに育ってゆくのではないだろうか。

今までは BLOG のように個人で気軽に情報発信するツールは少なかった。最近は Google に自分の考えや気分を表現するキーワードを打ち込んで検索して、世の中に自分とシンクロする人たちがどれくらい存在するのか知ることができる。また潜在的に同じように考えていたり感じたりしていた、見知らぬ人びとにメッセージを伝えてそれを顕在化させることもできる。

商品やサービスというのは、人びとの心のなかにある何かが動くから売れるのだろうという仮説を持っている。逆に言えば、最初から心のなかにないものは売れないという発想である。時代に伴い人びとの心も揺れ動くので心の変化は微妙ではあるけれど、基本は同じと感じている。でもまだその答は探索中である。

商売を創める時に注意しなければならないのは、その商品やサービスは潜在的に人びとの心に宿るものであるかどうかということ。それから、人びとの心とシンクロして共に大きなマーケットに育ててゆくことのように思える。

  

2005 年 10 月 16 日 : マイナスイオン

植物は、蒸散作用で水蒸気を出し自分の体温を調整している。植物が発する水蒸気にはマイナスイオンが含まれている。それには人びとを心地良くする何かがあるらしい。

ネットで調べてみると、
「マイナスイオンは、人体の血液中のカルシウムやナトリウムに作用し、血液中の弱アルカリ化を促進しているといわれている。血液中のマイナスイオンが増加すると、新陳代謝が活発になり、体の抵抗力や自律神経の改善に役立つとされている。」
というマイナスイオンの効能を知ることもできる。

深い森林の中で、人びとが癒され清々しい気分になるのはそんな背景があるようだ。

いかにして独創力を高めるか。ベンチャーにとってそれは死活問題である。組織の独創力に関する問題は、経営者の問題意識の中でも最上位にランキングされると思う。

そんなこともあって、創業の頃からオフィスに惜しみなく観葉植物を配置して、少しでも独創的な研究開発がなされる努力をしている。効能ではなく環境としてのインテリアでありデザインの色彩の素材でもある。

厳しい創業の頃、あくせく働くのではなく、心に余裕やゆとりをどうやって持ったら良いか。それを押さえて進むのも手だと思った。ひとつの新しい発明や発見が、瞬間的に社会を変革してしまうのがインターネットの世界なのだ。

  

2005 年 09 月 23 日 : ランニングハイ

9月23日金曜日。

今日になって、MR.CHILDREN の 1 年 5 ヶ月ぶり 12 枚目のアルバム"アイ ラブ ユー"を入手したので早速聴いてみた。(歌詞カードのデザインがユニークで美しかった)

そのなかでもお気に入りの曲は"ランニングハイ"。

   息絶えるまで駆けてみよう
   恥まき散らして
   胸に纏う玉虫色の衣装を見せびらかしていこう

ベンチャー起業にもこんな雰囲気がないと何事も成就しないのではないだろうか。

思うままに信じるままに全力を振り絞って駆ける軌跡の、その先に輝ける何かがあると信じている。それに心地良さを感じる。

全力疾走は最初の助走段階では耐え難い苦しさがある。しかしそれを乗り越えれば"ランニングハイ"の世界だ。新しい出来事の発見に爽快感を得てポジティブな気持ちで。

  

2005 年 09 月 23 日 : ビューティフル

"思い"をどうすればスムーズに実現できるかについて考えてみた。

ものごとが成就するプロセスというものは○か×という単純な二者択一の意思決定の複雑な綴れ織りのようなもの。実際、ベンチャー経営は"いばらの道"というのが現実ではないだろうか。その根底にある理由を探る思考がベンチャー起業の成功への早道のように思える。抽象化された概念を考える、というのは時間と忍耐が要求されるものであるが急がば回れともいう。

先に述べたように、経営とは二者択一の意思決定をどれくらい正しく実行したかが全てとも言える。至極簡単なものから極めて判断に迷うような難解なものまでそれは多種多様である。

けれどもどんな難題も、その発端はごく些細な問題に過ぎない場合が大半である。現実には瑣末であればあるほどそれは人の目に入りにくい。だからどんなに小さくてもそれに気付けるかどうかがあらゆるものごとを意思決定するための定石なのである。

具体的な話でいえば、メートル単位の違いは誰にでも容易に判別が付くけれどもミクロ単位の差が分かるというのはマニアックな職人技である。そのミクロの差のような微妙なものに気付ける資質や能力が重要である。

言い換えればそれは自分の感性をどうやって磨くかの問題にあると思う。感性とは人間が生まれながらに持っている感覚で自然に感じるままのことである。一流といわれる素晴らしいものを観たり、聴いたり、触れたり、味わったりすることで"感性"というものはぐんぐんのびてゆく。

目先の利益にとらわれて自分の思いとは逆の行動をすれば、生まれながら持っている人としての優れた感性を退化させてしまいかねない。結果的に悪循環に陥ってしまう。

素晴らしい企業や作品を創造できる循環は、誰にでも備わっている感性をそうやって育んでゆくところから始まるような気がする。

  
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